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12/29/2017

2018年の大河ドラマ「西郷どん」はみるべきか?

毎年、その年の大河ドラマをみるかどうかを年初に決めるのだけど、2017年の「おんな城主 景虎」はみなかった。16年の「真田丸」はみたけど結構面白かった。で、来年は「西郷どん」らしい。過去に遡ると15年「花燃ゆ」:みなかった。14年「軍師官兵衛」:みなかった。13年「八重の桜」:みた。(1211年みず)遡って10年「龍馬伝」みたという感じなのだが、来年はみたものかどうか思案中。そこでちょっと関連するのが、本日読んだ「ある明治人の記録」(石光真人編著:中公新書)

幕末・維新を生きた柴五郎の「遺書」を編纂したもの、会津人という点では八重の桜と同様、官軍側中心の物語ではなく、「賊軍」側の維新の抵抗勢力としての「反政府軍」的扱いをされた会津藩士の一族の物語ですが、柴五郎というのはあの1900年の義和団の乱のときの北京駐在武官です。明治335月に諸外国の清国侵略に対して決起した排外愛国団体である義和団が、各国の公館などを攻撃した事件で、公館員や在留民など4千名が避難籠城し、援軍の来るまで50余日にわたって籠城交戦した事件です。この時の籠城の各国連合の総指揮官として活躍し、列国から賞賛されたのが柴五郎中佐であります。この欧米人からも、一目置かれるような冷静沈着で指導力も胆力もあるような人物が、薩長中心の明治維新のあり方に批判的で、「この年(明治11年)の5月、内務卿大久保利通暗殺さる。大久保は西郷隆盛とともに薩藩の軽輩の子として生まれ、両親ともども親友の間柄なるも、大義名分と情誼を重んずる西郷と、理性に長けたる現実主義政治家たる大久保とは、征韓論を境に決別し、10年の西南戦争においては敵味方の総帥として対決し、しかも相前後して世を去る。余は、この両雄維新のさいに相図りて会津を血祭りにあげたる元凶なれば、今日いかに国家の柱石なりといえども許すこと能わず。結局自らの専横、暴走の結果なりとして一片の同情も湧かず、両雄非業の最期を当然の帰結なりと断じて喜べり」と記しています。

柴五郎翁は、昭和17年の秋に、この本の著者の石光氏に「この戦は負けです」と断言したとのことです。柴五郎中佐が北京での任務を無事に果たせたのは「信用し合っていた多くの中国人のおかげでした。そのことを明らかにすると、彼らは漢奸として不幸な目に合うので、当時は報告しませんでした。中国人は日本人のような自惚れ屋のお調子者ではありません。一度信用したら最後まで誠意を尽くします。敵に囲まれた私達のために、夜になると危険を冒して食料を投げ込んでくれましたし、天津の日本軍に幾回となく連絡も果たしてくれました。中には指を切って誠意を披瀝したものもあったほどです」と話され、「中国は友として付き合うべき国で、けっして敵に廻してはなりません」とも述べておられたようです。残念ながら戦前の日本は、結局はこういう中国を理解している人たちを軍の中心から外していき、「対支一撃論」のような根拠のない主張が支配していったわけです。

(ちなみに「北京の55日」に関してこの本の著者は「不届千万な作品」と切り捨てています。小生はみていないのですが、みないことにしました。)

この本にもありますが、「歴史というものは誰が演じ、誰が作ったものか」を常に考えないといけないのだろうなとあらためて感じました。それだけに一つの事象を色んな角度からみないといけないのだろうなと。

ということで、み続けるかどうかは第一回をみてから決めることにしました。

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