九月 2020
周日 周一 周二 周三 周四 周五 周六
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

Recent Trackbacks

無料ブログはココログ

« 蛇の化身はやはり女性・・・ | Main | サイクス・ピコ協定 百年の呪縛の索引 »

06/05/2016

「貝と羊の中国人」についてのメモ

加藤徹先生の著書「貝と羊の中国人」についてのメモ

(書籍帯より)拝金と共産主義が矛盾しない

・このやっかいな隣人のホンネとタテマエ

中国人の頭のなかは、いったいどうなっているのか!?

・文化大革命は羊、改革開放路線は貝

・「泊まる」も「住む」も一緒

・病院の前に葬儀屋があるのは便利で自然

・死刑囚の死体から臓器を取り出して使う

・自分よりも羽振りがいい外国人は悪玉

・旧冊封国は今でも中国の縄張り

 

 書籍名だけで判断すると、中国人は貝料理と羊料理が好きなんだ、食い意地の張った小生など「料理の本」かなと勝手に推察して、手に取らない可能性の有りそうな本ですが、中国人の性質・文化などを日本人のそれと比較し、洞察深く書かれた本。

同書によると中国人の祖型は、今から三千年前、「殷」と「周」という2つの民族集団がぶつかり合って出来たとのこと。史記などの古典に書かれている「伝説」によると、殷の最後の王・紂王は暴君で、周の武王は、天下の諸侯を集めて紂王と戦い、破り周王朝を立てた

(殷周易姓革命)とされています。しかしながら20世紀になって発掘された資料などによると、実際には「殷周革命」の真実は伝説とかなり異なっているとのこと。

 実在した殷は、東方系の農耕民族で、当時としては高度な文明を誇っていた。殷の最後の王帝辛(伝説のいわゆる紂王)は暴君ではなく、祭祀を熱心に執り行った敬虔な人物だったようです。当時まだ金属貨幣は存在せず、交易の貨幣として子安貝が使われた。殷は子安貝を求めて、東の沿海部の人方(じんぼう)と呼ばれる民族を攻略した。その背後を西方系の遊牧民族の血を引く周につかれ、滅亡した。征服者である周人は、自分たちに都合の良い勧善懲悪な伝説を作り、後世に伝えた。(もちろん自分たちの前の支配者の殷のことは悪く伝える)

 加藤先生はこの殷人的な気質を「貝の文化」、周人的な気質を「羊の文化」と規定。財、費、貯、貿、賦・・・などに貝が含まれるのは殷人気質の名残で、商人的な気質。(孔子もこの殷人の子孫)一方周人の先祖は、中国西北部の遊牧民族と縁が深く、血も気質も、遊牧民族的なところがあったとする。殷人が貝と縁が深かったように、周人は羊と縁が深かった。周の武王をたすけ、殷周革命の立役者となった周の太公望呂尚の姓は「姜」である。字形も字音も「羊」と通ずる。周人にとっては、羊こそが宝であった・・・。義、美、善、儀、犠・・・などに羊が含まれるのは周人気質の名残・・・。

◎貝の文化

・殷人的・農耕民族的

・本拠地は東北・東南の地

・多神教的

・有形の物材を重んじる

・老荘的=道教的

◎羊の文化

・周人的・遊牧民族的

・本拠地は西方・西北の内陸部

・一神教的

・無形の「主義」を重んじる

・孔孟的=儒教的

というふうにわけています。

そしてこの貝と羊のそれぞれの性質、倫理観を現代の中国人はあわせ持っていて、さらに使い分けることができる、これぞまさに「改革開放路線」の真髄・・・。三千年の貝と羊の文化の違いを理解することは21世紀の中国を理解するための有効な補助線になるとのこと。

 拝金主義的な面と友だちになると義理人情にあついという、若干我々日本人から見たら相矛盾するような部分を持っている隣人の方たちですが、この本を読んでちょっと頭のなかが整理できた気がします。

 中国の現在について書かれた本は、中国社会の変化があまりに早すぎて、「賞味期限」がどうしても短くなってしまう書籍が多い気がしますが、この本はまだまだ賞味期限の切れていない、新鮮な本ではないかと思う。

« 蛇の化身はやはり女性・・・ | Main | サイクス・ピコ協定 百年の呪縛の索引 »

書籍」カテゴリの記事

Comments

Post a comment

(Not displayed with comment.)

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 「貝と羊の中国人」についてのメモ:

« 蛇の化身はやはり女性・・・ | Main | サイクス・ピコ協定 百年の呪縛の索引 »